写真撮り歩くには不向きな季節になってきました。
鈴木しげゆきです。
雨の日が続きますが、今日は天気が良かったのでカメラを持って少しお散歩。
川越の氷川神社周辺を。
カメラをぶら下げてるからか、たまたま近くにいたのが自分だったというだけかとは思うけど、川越では珍しくない着物姿のカップルにスマホで写真を頼まれる。
京都でも海外の方に記念撮影を頼まれるパターンが多かったが、カメラを首からさげてるからか、最近知らない人に写真を頼まれることが多いような。
「カメラをぶらさげてるから」というのは、自分が勝手にプレッシャーに感じてるだけで、頼んでくる側的にはたまたま近くにいた人なんだろうけど。
ただ、自分自身は少しだけプレッシャーなのは事実。
「カメラぶら下げて歩いてる」というのは、「カメラ持ってるし、この人ならそれなりに撮れるんじゃないか」という期待値みたいなものは、カメラぶら下げてない人よりは多少高く見積もられてる可能性はなくはないよなと。
勝手に自分が身構えてる部分の方が大きいのは間違いないだろうけど、やっぱり撮った写真にガッカリされる怖さみたいなのがある。
カメラをいじり始める前はなかった感覚。
何となくというか、あくまで自分の感性で写真撮ってるだけなので、写真のいろはをあまり知らないというか。
スナップは自分のリズムで撮っているので、割りとパッと写真撮ってくださいと言われるとなかなか焦ってしまう。
自分のカメラで撮ると後から写真見返して反省もできるが、他人のカメラやスマホは瞬間でしか答えがでないというか、答え合わせができないので、「依頼してきた人が最低限満足できる写真が撮れたのだろうか」というモヤモヤがずっと残ってしまう。
気にし過ぎなんだろうけど・・・。
知らない誰かの思い出のほんの一瞬なんだろうけど、携わったからには良い結果をと思ってしまう。
万年初心者の下手なりに、カメラ・写真を愛好する者として。
そのあたりの感覚は音楽活動にも通じる部分なのかもなぁ。
誰かの人生のほんの一瞬にでも、貢献できただろうか。
しかしあれだ。
和服デートのリア充が羨ましい(笑)